星野監督の勇退、その報道の中の頂上決戦

 優勝の興奮も覚めやらぬまま、星野監督は去り行く敵将に粋な計らいを用意していました。10月7日、甲子園での対巨人シーズン最終戦。得点は6-2でジャイアンツがリード。最後のバッター、片岡の打った打球はレフトへのヒット性のフライ。しかしこれをファインプレーで仕留め試合が終了した。今日で辞任することが決まっている原監督が最後、ハイタッチで選手を出迎えた。全員とのタッチを終え、ベンチに帰ろうとした時、一塁側の阪神ファンから大声援が聞こえた。「原!」「原!」原コールだった。フロントの身勝手で昨年日本一にも関わらず辞任に追い込まれた無念さを誰もが知っていた。そしてベンチから花束を抱えた星野監督が‥‥。
 ホームベース上で固く握手をする二人。ファンも含め、そこには敵味方は存在しなかった。「ご苦労さん。これからだぞ!タツノリ、いいか。くじけるなよ!必ず帰ってくるんだから」その言葉に原監督は涙を浮かべ、二人は抱き合った。なんて感動的なシーンなんだろう。そして、星野仙一という男はどこまで私たちの心を捉えて離さないのか。この時確信した。来年もきっといい試合を観させてくれる。星野が監督をしている限りは、毎年優勝争いをしてくれる。もう弱いタイガースを見て苦しむ事も無い。しばらくタイガースも安泰だ、と。
 ところが、そんな期待も秋の風とともに飛んでいってしまったのでした‥‥。
 その日も、18年ぶりの日本シリーズに夢を馳せていました。こんなに肌寒い季節になるまでタイガースの試合を楽しみに出来るなんて夢のよう。各スポーツニュースも日本シリーズが近づくにつれ、リーグ優勝チームの特集を連日放送していました。その中でも毎日楽しみに見ていたフジテレビ系列「すぽると」のワンコーナー、野村元阪神タイガース監督が戦力分析をする「野村の考え」が放送される直前でした。三宅アナが「たった今、大変なニュースが舞い込んで来ました。阪神タイガースの星野監督が、今季限りでの勇退を決めました。」
 「えっ!?」‥‥ひどくショックを受けるとともに私は耳を疑いました。「嘘だ‥‥何で‥‥?」暫くは信じる事が出来ずに呆然としました。その後に放送された「野村の考え」は耳に入りませんでした。情報が不足する中、次の日ネットでスポーツ紙のサイトを見まくると、星野監督はシリーズが近いと言う事で明言はしていませんでしたが、体調不良を理由に勇退するという事はどうやら本当のようでした。その時の気持ちは言葉に表しようがありませんでした。タイガースを優勝させた監督が辞めてしまう、もう来年はあの闘志溢れる姿をグラウンドで観る事が出来なくなると思うと寂しくてどうしようもありませんでした。同時にこれから常勝軍団を作っていくはずだったのに、これからタイガースはどうなるんだ‥‥また暗黒時代に逆戻りしてしまうのか?と不安は増すばかりでした。来年以降の期待が大きかっただけに、落胆の度合いもかなりのものでした。ネットの掲示版でも大騒ぎになっていて、それを見ていると知らぬ間に涙が頬を伝いました。その後、暫くの間は気力がない日々を過ごしました。しかし体調が悪いならしかたありません。私は星野監督最後の舞台になるであろうこの日本シリーズを、監督自身今までなし得た事も無い日本一へ向かって全力で応援しようと思いました。
 当然、このニュースを選手たちが知らない訳ありません。初戦が行われる福岡へ向かう選手たちの顔にも心無しか覇気が感じられませんでした。
 そうして幕を開けたダイエーとの日本シリーズは、星野監督が試合前の会見で話をしていた通り歴史に残るような試合でした。
 初戦、接戦をするもズレータのタイムリーが赤星の頭上を越えサヨナラ負けを喫した(H5x−4T)。ダイビングキャッチを試みた赤星はこの時腕を痛め、以降殆ど活躍出来ませんでした。
 続く第二戦は先発伊良部が打ち込まれ、その後に続くピッチャーもダイエー打線に捕まり大敗(H13−0T)。ここまでかと思いました。やはり投打共に噛み合ったダイエーは強い。こうなれば、地元甲子園に帰ってせめて一勝でも‥‥。しかしここから、タイガースの大反撃が始まりました。
 第三戦、この試合も接戦でした。先発のムーアがダイエー打線を抑えるも、タイガースも点を取れず9回終わって1−1。そして迎えた延長10回、矢野敬遠で満塁、打席は藤本。星野監督は藤本を呼んで言った。「嫁さんにええかっこしてこい!」その言葉でリラックスした藤本は見事にサヨナラ犠牲フライ(T2x−1H)。タイガースが今シリーズ初勝利を収めた瞬間でした。あぶないあぶない。優勝慣れしていないタイガースの選手にとって、この試合に負け日本一に王手を掛けられたら一気にいってしまいそうだったので貴重な一勝でした。
 第四戦も接戦でした。同点で迎えた8回、プレッシャーに負けた安藤がお手玉。ダイエーに逆転を許す。しかしその裏、盗塁で二塁に進んだ金本をアリアスが返し再び同点。さらにはウイリアムスの気迫溢れるピッチング。そしてドラマは10回裏の金本の奇跡のサヨナラアーチを呼ぶ(T6x−5H)。金本には珍しいガッツポーズ。やはり縦じまを着、甲子園の大声援を背中に受けるとタイガースの選手は変わるんだなと思いました。
 2勝2敗で迎えた第五戦、桧山の逆転タイムリー、吉野の神ピッチ(T3−2H)。タイガースの選手の想いが一つになった。気迫がダイエーを超えた。ついに、逆転日本一に王手をかけました。あと一つ。3連勝して勢いがついた所で一気にいってくれと願いました。監督インタビューの後、甲子園全体からの割れんばかりの星野コール。もう星野が縦じまを着て甲子園に帰ってくることはないことをみんな知っていました。
‥‥その後、福岡で連敗、タイガースは惜しくも破れた。
 あと一つが届かなかった。悔しかったけど、素晴らしい日本シリーズを観せて貰って満足でした。惜しむらくは来年も星野が指揮を執ってくれたら‥‥。でも監督とコーチ、選手たちに感謝したい。今年一年、夢中になって野球が観れた。リードされていてももしかしたら逆転するのでは?と試合終了まで期待を持たせてくれた。そして選手たちも諦めずに最後まで戦ってくれた。溢れる感動をいくつも貰った。星野は現場から去るけど、残った者たちがその意志を引き継ぎ、また来年も今年の様な試合を観せてくれたら何も言うことはない。(2003年10月27日)